2.とさかの彼




幸い、というかなんと言うか、祥太郎を疲れさせようとした反動で、直哉も疲れてしまったらしく、ぐっすり眠っていた。今朝は何とか直哉に見つからずに抜け出すことができた祥太郎である。もし見つかってしまったら、またごねられるに決まっているのだ。
それにしても正直きつい。散々なぶられた下半身には、まだ異物が挟まっているような感じがするし、さっきから一足ごとに膝が笑ってどうしようもない。
もう、目の前に白鳳学園高等部の瀟洒な門が見えているのに、ちっとも距離がいかない。
校門から一直線の位置にある講堂からは、先ほどから喧騒が聞こえている。もうオリエンテーションの始まる時間なのだ。今頃直哉の弟で、現生徒会副会長の隼人と辺りが忙しなく開会の準備をしている頃だろう。

「もう…このまんま、帰っちゃおうかなあ…。」

直哉の言うとおり、本来なら職員である祥太郎は出席の義務はない。
でも、隼人や現会長の白雪と出席の約束をしたことであるし、何より、祥太郎自身が本当に新一年生の顔ぶれを見ておきたかった。
それに、帰るにしても、この距離をまた後戻りするかと思うとなんとも億劫なのだった。


「おう、お前も遅刻か?」

不意に後ろから腕を掴まれた。驚いて振り返ると、スラリとした少年が、目を細めて立っている。

「なんだ…、おまえ、もしかして中坊? お仲間かと思ったのに。」
「ちっ、違っ、僕はちゃんと高等部の…。」
「高等部? そんならやっぱりお仲間だな。いくぞ、ほら。なに塀に懐いてるんだよ。」

強引な手が祥太郎を引っ張り上げる。直哉と同じほども上背があるだろうか。しかし、体重で言えば直哉には到底及ばないだろう。しっかりした直哉や隼人の体格を見慣れている祥太郎には、彼はなんともひょろりと見えた。
そして、彼をいかにも軽そうに見せているのは、彼の頭だった。祥太郎の食い入るような視線に気付いたのか、彼は嬉しそうに笑った。

「入学式前にオリエンテーションなんて面倒くせえと思ったけど…ラッキ〜。ほら、行くぞ。」

なにやらご機嫌である。

「ちょ、ちょっと待って…。」

足がもつれそうになって、祥太郎は思わず彼の服に縋っていた。いくら引っ張られたところで、体重をうまく支えられない足では、満足な歩行はできやしない。するとふわりと体が軽くなった。

「え? え? え?」
「うおっ、かっるー!」

彼が祥太郎の胸に手を回して半ば抱き上げているのだ。あまりのことに呆然としていると、彼はそのまますたすたと歩き出してしまう。祥太郎があんなに苦労して進んできた道のりを、彼はあっという間に進んだ。

「うあっ、下ろしてよ! 自分で歩くから!」
「具合悪いんだろ。俺に任せとけって。」

まるで荷物でも運ぶ気楽さである。祥太郎は成すすべもなくぶらんとぶら下げられたまま、呆然と、彼のゆらゆらするピンク色の前髪を見上げた。
そう、彼の下ろした前髪の一房は、とさかみたいな見事なピンクだったのだ。





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